【死が遠くにあったことに気づく】

お久しぶりです。

この2,3年で、私のライフスタイルは大きく変わっています。

「死」についてきちんと向き合うべき状況になってきたという感じです。

私にとって今まで死はあまりにも身近になかった
というか、怖くて、逃げていたんですね。

父が急逝して今年で21年経ちますが
父の存在が急になくなってしまったことを悲しむより
私以上にダメージを受けた母を
とにかく支えなければという気持ちのほうが強かった。

基本的には自由に生きながらも
母を無意識に優先して過ごしてきたという感じです。

その母もいよいよ老い
その衰えを見守り、受け入れ、できる方法で寄り添い

いつか訪れる母との別れに
自分なりにどう備えるか
そのあとどう生きていきたいか

母の「今」を受け入れ、懸命に人のために生きてきた人を
少しでも穏やかな時間の中に置くか

そんなことに思いを巡らせる時間が増えました。

私の体も気持ちも本当に辛かったときに
私のそばに来てくれた愛猫娘も
実は心臓に爆弾を抱えていることもわかって

彼女もやはり
少しでも穏やかな時間の中に置いてやりたい

思い起こしてみると
私の身近な人の死は今まで遠かった

私が若かったからかもしれません

小学校の1,2年のときの父方の祖母の死
高校を卒業したばかりの春休みに急に旅立ってしまった美しく聡明な友
(痴呆と言われた時代に)電車で行かなければならない遠くの施設に入ったため
ほとんど顔を見に行くことをしないまま亡くなった母方の祖父母
私が中学生のときから16年生きてくれた柴犬

そして、
「もうそろそろゆっくりしたら」「そうだな」と言っていた矢先の父が
私の目の前の救急処置室のカーテンたった1枚向こうで本当に突然に逝ってしまったあの時

思い起こすと1つ1つは喪失だったけれど
自分の生き方や死への考え方を大きく変えることはなかったように思う。

その後
自分が体を壊し、生き方を変え
母の老いに直面することになって

今まで怖くてまともに相対することができないまま来ていた
いつかだれもが死ぬということを
日々どうやって自分の中に浸透させていくか
みたいな感じです。

日々に追われる毎日が多かったのですが

「死」を自分に近づけることで
今ある「生」や「健康であること」ってありがたいと感じることになり

心と体が健康になってきたら
こうやって書き留めておこうと思えるようになりました。

今現在の私の「ゆるやかなセカンドステージ」は
自分のしたいことをやって、イキイキ!みたいな動モードではありませんが
こんな時間もあってよかったなという感じです(^^)

そんななかで感じたことを
これからも書いていこうと思います。

にゃは★

【そろそろ自分の中の何かをしぼり出すとき】

世の中は3連休ですねぇ。
久々に何かを伝えたくなりました。

この半年ぐらい、ずっとアウトプットすることを億劫に感じ
気持ちの余裕も、エネルギーもなくて
意識は内に内に向ていた。振り返るとそんな感じです。

春が立ったからでしょうか。運気が変わったと思いたいです。
節目としては、1月1日より2月4日が好きです。

1月1日は、まだまだそこから一番寒い時期に向かっていくし
世のなか中が何か、作られた節目を騒いでいるような感があって
しっくり来ません。

春が立つと、日がすこーしづつ長くなるのが感じられて
ものすごく寒い時期を無事越えたなって気持ちになって
気持ちが前向きになってきました。

不思議なものです。

さて。

最近のビックイベントといえば、12月後半から年明けにかけて
独居だった母が、私の住む街に引越してきたこと。

それはそれは急展開でした。
準備をもっとしておけたのではというと
正直わかりません。

何十年と常に人の気配と体温があった実家が驚くほど短期間で空になったことも
なんかあまり実感がわいていません。

介護って、
「目に前で起こることに1つ1つ最善を尽くして対応すること」
なのだとつくづく感じています。

この言葉は、ずっとお世話になったケアマネさんに泣きつくと
かけていただいてた言葉です。

今まで母を見てもらっていた医師からは
「独居が無理になったときのことを考えて施設を探しておくように」
「独居を続けたいならヘルパーの力を借りるように」
「患者さんへの説得は医者の仕事ではない、家族の仕事です」

この言葉の背景は、いろいろあって書ききれないのですが
言葉自体は「正論」です。
おっしゃる通りなんです。

でも、医師の言ったとおりには行きませんでした。

結果、突発的な状況になっていろいろと労多く
その医師にもご迷惑をかけたのも事実です。

でもね。

介護される母も介護する私も生身の人間で
どっちも感情も考えも揺れ動くし
いろんな情報を処理して価値観も変わっていく。

事前にどれだけ準備や段取りしておいても
そのとおりには行かないものだったかなと感じてます。
(うちの場合は、かもしれませんが汗)

周りの沢山の方に助けていただいて
迫りくる年末の2週間で諸契約・手続き
そして元旦に引越し。

それまでは1ヶ月に1度帰省していたライフスタイルが
2・3日に一度母のもとへ通う日々へ。
そして実家の維持管理も私のタスクになりました。

1ヶ月半経って
やっと私にもすこし余裕が生まれたという感じです。

職業柄大切だと思っていた価値観は
今のライフスタイルでは重要ではなくなり
通用しないんだと思うことが多いです。

状況をコントロールするためのメソッドとか
自分がなんとかすれば物事は進むみたいなものが基本通用しないのが
人間相手(もっというと生物相手)ですよね。

介護はまだ他人事だと思っていたときから
介護って何なんだろう想像できていなかったときから
そろそろ3年。

自分の人生を生きること と合わせて
人とどう関わっていきたいのか
ちゃんと考えながら

そしてそれを表現することをし続けながら
生きていこうと思っています。

今年もよろしければお付き合いください。m(_ _)m

【秋の休日に想う】

早く始まった今年の夏
そして長く続いた猛暑がようやく収まった

カラッとした柔らかな日差しの下に
洗濯物を干して、コーヒーでほっとしながら物思いにふける

私はもう「出勤」しない身だけれど
パートナーと共にあるライフスタイルには
まだ、オンとオフのスイッチが残っている

たまにあるこの、何もしなくていい時間で
私は人生観 というか 死生観 を構築する

樹木希林さんが人生を全うされた

とてもメンタルの強い
凛として素敵な方だった

「生きることに執着しないの」
という言葉が印象に残る


周りの支援が必要な状態の母と
離れて暮らして1年半あまり

母なりの人生のしまい方をできる範囲でサポートしながら
私も同時に、自分のしまい方を考えている

少しづつ、少しづつ
私を縛るものから、自分を解き放っておく

手放すと、必ずそこに何かがすうっと入ってこれる

新鮮さを伴って

生き方が違う人を見て
自分はこれでいいのかと焦る自分もたまにいるのだけれど

今の私はゆったりと流れる時間に身を置く
自分はこれでいいのだ

激流の中を必死で泳いでいたときには
できなかったのだから

さてと。
今日の夕飯に何を作ろうかな

にゃは★

【とにかく変化しつづけているか?】

最近、とにかく行動しています。

これやったらどうなるか、など深く考えません。
(ほっておくと考えてばかりで進まないタイプなので)

私は、「何かに成りたい」タイプではなくて
「その状態を楽しみたい」タイプ。

目標を決めてそこにいくまで頑張る
ということもやっていました、以前はね。

例えば、
「海外出張できるレベルと認めてもらえるまで頑張る」とか
「社会保険労務士の試験に合格するまで頑張る」とか。

ただ、目標まで行けちゃうと、
ほどなく燃え尽きるタイプのようで(苦笑)

そういう人は、そこまで行く前に
次の目標を設定しておかないといけないのだと
どこかで読みました。

世の中には
「何かに成りたくて、そうなるまでに◯◯して、今こう成れました」
という方がたくさん発信されていて、

そういう方をみて、こうなりたい!というのが
湧いてこない自分を

「あ〜あ、もう私パッションが無くなっちゃったのかな〜」
と情けなく思っていたときもありました。
(今もたまにそういう思考のポケットに入ることがあります)

ですが今年に入ってからは、肩の力を抜いて
「とにかく変化しつづけているか」を
チェックポイントにして
日々を過ごしています。

手当たり次第といってはなんですが
行動にはきちんとした一貫性はないかもしれません。

でも、自然に選択した1つ1つの行動は単純なんですけど
1つの線につながってきているように感じています。


  
いつかやらなきゃと思って後回しになっていた、資産形成のための手続き
そのために、海外へ渡航したり
  
掛け算キャリアを築きたくて、学びたいと思っていたことを始める
そのために、先生のもとに遠征したり
  
情報が多すぎて頭がパンクしそうだけど、旅にもっとお値うちに行きたくて
経済活動がもっとマイルに変わるように考え方と行動を切り替えてみたり
  
これは、「場所と時間から自由になる」生き方につながっています。
  
  
行動すると、必ずそこから何かが派生します。
  
新しい人と出会い
知らなかったことを知り
自分の価値観が書き換わる
  
小さなことでも、楽しい。
あ〜あ、いやだなと感じることがほとんどなくなりました。
  
  
ゴージャスでリッチで!じゃなくていいけど
我慢はしなくてもいい
  
そのぐらいのほどよい心地よさを
いつも伴う状況で
日々を過ごすことができたら\(^o^)/
  
と思っているので、
「お金からも自由になる」生き方がしたいですね。
  
”人生のオプション”を増やすために。
  
にゃは★

【2017年をワタシ的に振り返る】

みなさんはどんな年でした?この1年。

写真で振り返ったり、魅力ある文章でうまくまとめられてたり。
いやぁ、みなさん、さすがやわ。

私もやってみよ!ということで、私も備忘録を兼ねて振り返ってみることにしました。
 (週末出張フォトグラファー 町野健さん撮影)

要約すると 「自分と自分の周りをとにかく”整える”一年」 でした。

1月
クリスマスにバタバタと部屋を決めて、やっと引越しが現実となった状態で新年を迎えました。父が亡くなってずっと母と2人だけで迎えた元旦はこれで最後になるかもと思ったなー。寒中真っ只中の雪がちらつく日に、ネコ娘と車に積めるだけ積んだ荷物と一緒に7年半ぶりに実家を離れました。母を1人にする不安もあったけど、とにかく私には距離が必要だった。北関東、むちゃくちゃ寒いので、しまむらホイホイ持ってきてほんとよかった!

2月
月から金が平日、土日が休日っていうサイクルで生活するのは久しぶり。そして毎日ちゃんと家事をするという日々は実は生涯初(笑)。同時に月一で母の様子を見に帰省するサイクルが始まりました。マイペース命の私ですが、頑張って1ヶ月経過!

3月
まだまだ寒いのに花粉が飛び始め、環境適応奮闘中で免疫力最低の私を直撃です。くしゃみ鼻水がとまらず喉がやられて高熱になって4日寝込む。パートナーとの生活の間合いにも慣れず気持ちも心も不調だったなぁ。母も1人で病院へ行こうとしたり、貴重品の入ったカバンを紛失したりして周囲が当惑したこともありました。母も1人暮らしに一生懸命順応しようとしていたのだと思う。

4月
今年は桜が遅かった、でも桜が咲いてもまだまだ肌寒かったので、北関東恐るべし。やっと花見がてら近所を散歩する余裕ができてきた頃。徒歩で散歩できる距離に一級河川や大きな公園があるところに住んだことがなかったから、なんか新鮮で散歩が気持ちいい。吉祥寺にもお花見行って、人生初のもちより料理つくったんだった!

5月
新しいお仕事が2件ほぼ同時に進行しはじめた時。会えばささっと進むことが、物理的に離れているとなかなか進まずに手探りだった。桜の次は藤ということで、あしかがフラワーパークの見事な藤の花を見に行けました。一度は行きたかったミラバケッソ君達(アルパカ)にも那須で会えましたわ。母を日々見守ってくださる方々との担当者会議があって、日頃のありがたみを実感しました。私1人だったらとうにつぶれていたし、そもそも実家を離れることはできなかったから。離れていても母への対応に振り回される日々は続き、気持ちが不安定になることもしばしば。

6月
車で1時間ほどいくと野生のホタルの群生地があると聞いて行ってみたけどあいにくの雨。でも初めてみたホタルの光はちょっとだったけど綺麗だった、来年はリベンジ!友達が譲ってくれた圧力鍋が仲間入りして、料理の幅が広がりました。塊の肉料理とかゴロゴロまるごと芋を使うとかね(^^)

7月
避暑を兼ねて那須の方へトレッキングに行ったのですが、旅先のネットが入らないところでバッテリーが突然死!焦った〜。幸運が重なり助けていただいて、陸の孤島に取り残されずに済みました(ホッ)タイヤも亀裂多数で、ついに観念して交換。新車のときからだからよく頑張ったぞバッテリーとタイヤ君。

8月
家事が私のメインミッションになってから、外食は月一ぐらいです。いや〜頑張ってきました!というか、自分でちゃんと作るようになったら、外で食べることの意義をほとんど感じなくなりました。と豪語している私ですが、お盆週は1人お留守番で自分のためには料理はほとんどお休みしてしまうのでした(テヘ)
何か義務のようにササッとすませていた「化粧」。自分の顔をしかと鏡で見る習慣とかないので、思い切って初の「メイクレッスン」を受けてみました。知らない土地で、Webの情報を頼りに出会った個人の方ですが、こういう縁の作り方っていいなぁ。今までより時間をかけてメイクするようになりました!

9月
パートナーが法人を作ったので裏方で奔走してました。お上、お役所、ああめんどくさいですねぇ。でも、同じ方向を向いてお互いが役割分担して協力していけるのって、一人で頑張るより今の私にはこっちのほうが向いているみたいです。

10月
パートナーは毎週末仕事で不在の月でした。寂しい気持ちもあるのですが、とにかく体調崩させてはいけないぞと、衣食住を整えるのが私の役目。必然的に飲みの回数も増えるわけで、平日の食事で週末のカロリー摂取とバランスを取らないといけないので大変です!

11月
ずっと病気知らずだったうちのネコ娘ですが、心臓が弱っていることが判明した月でした。犬やネコは飼い主の心や体のストレスを一心に受け止めるそうで、きっと私が母の体調悪化の時以降受けたストレスを彼女も一緒に受け止めてくれていたのかもしれません。それを思うと、薬漬け医者漬けの本当の病気にしてしまうよりも私ができることはまだまだあるのだということが、いろいろな情報を調べてわかったのです。
そんなネコ娘を初めて旅行につれていけた嬉しい月でもありました。いつも留守番をさせて寂しい思いをさせていたので。地震から6年半、黙々と復興が進む三陸を初めて目の当たりにしました。

12月
母の認知機能は良いときと良くないときを繰り返しながら緩やかに推移しています。でも調子が悪い時に合わせて薬が増えていくのは避けたかったし、私を含めて母を見守りサポートしてくれる人達の負担も増えないようにしたい、そう思っていろいろ調べていたところ、いい医者を見つけました。母の病状について詳しいことがわかり、母も自分の状態を納得して心も少し落ち着いたようです。
年が明けると遠距離介護2年目に入りますが、母の残りの人生が穏やかになるようにできることをしてやりたいと思います。

こうやって書いてみると、決して短くはない1年でした。いろいろあったなぁ。

肉親以外の人との生活も、毎日の積み重ねで山あり谷ありですもんね。でも一人より二人がいいなって実感できた1年ですし、辛い時苦しい時に味方でいてくれる人がいるって、ホントにいいもんだなと感謝です。
年末におそばせながら「逃げ恥」を見て、なんかとても共感ポイントが多くて、泣き笑いしながら見たのでした。

母との関係も、パートナーとの関係も、ネコ娘との関係も、そして私自身の生き方も全てを見直すきっかけがあった1年でした。変わったからこそ、最初は混乱し、だからこそそれを整えることに大切にして過ごしてこれました。

その他の人間関係もそうです。1つ1つができるだけ多くの「好意」でつながった縁を大切にして行きたいなと思います、来年以降も。

長くなりましたが最後まで読んでくださりありがとうございました〜。
では、良いお年をお迎えください。

にゃは★

【デジタルツールって最新モデルがいい時代は終わったと思う】

昨日、スマホを更新しました★
iPhone5S → iPhone7 です。
  
  
iPhone7がでた去年から悩み続けての今回のポチりなのですが
   
5Sの画面サイズ+解像度に限界を感じるライフスタイルになった
モバイルSuicaがやっぱりあったほうがいいライフスタイルになった
iPhone8がでて、型落ちが値段が下がった
   
というタイミングで落ち着きました。
   
  
相変わらずAppleのオンラインショッピングの対応は疾風のごとく早くて
水曜にオーダーして木曜には手元に届くというすばらしさです。

それに合わせて5Sのときから使っているお気に入りメーカーのスマホケースも
水曜にオーダーして金曜に届く対応のありがたさ。
   
  
初めて アンドロイドタブレットを手に入れた時
初めて iPhoneデビューした時
初めて WindowsからMACbookに乗り換えた時
   
みたいな感動はもうなくなりました(笑)
  
今まで持っていなかったものが仲間入りするときはやっぱりワクワクするし
周辺の持ち物も結構変わりますよね。
   
  
でも、すでにひととおり持ってしまっていると
今度は「日常の道具」の更新なので
   
”存在しなかった機能”に自分を合わせていくのではなく
”こういう機能が必要だから”道具を変える
   
という感じになります。
   
なので、淡々と開封して
淡々と新機種へデータを移行して使えるようにするのみ。
(パートナーから「開封式しないの?」と驚かれましたがw)
   
  
一番時間を要したのが、SuicaとApplepayの部分ですかね〜
SuicaがiPhoneの中にいるっていうのが、なかなかわかりづらくって。(*ノω・*)テヘ
   
あ、あと、LINEの移行ですかね。苦笑
     
  
  
メーカーが一生懸命に戦略を立てて
大きくも小さくも機能アップはされていてわぁ〜と思うこともありますが
   
そのイノベーターやアーリーマジョリティ価格よりも
「自分のライフスタイルに何が最適か?」
というスタンスでデジモノを選ぶ感覚が以前よりも強まりました。
   
  
私の場合はバッテリーの持ちやらライフスタイルの変化やらで
スマホは大体2年半ぐらいで交換したくなる感じです。
   
最近1万1千円ほど安くなったiPhone7なので
今回は1日100円いかないぐらいで本体を使っていく計算です。
   
  
今回いいタイミングで、iOS11で使い始められるので
ハードの方より、ソフト的な使いやすさが嬉しかったりします〜
   
  
去年長サイフから卒業して、折りたたみサイズにしていましたが
今回それも卒業して、カード入れがお財布になりました。
  
ちいさく・かるく・すくなく
   
にゃは★

【そうか、「いい人」でいたかったんだ】

今日はしとしと雨で、ひんやりした気温が心地いい。
梅雨が近いからでしょうか。

こういうときは家の中にいて
じっくり何かに取りくんだりゆっくり考えることができるみたい

いつも読ませてもらっているブロガー小室朋子さんの
”生真面目さん”が怒り爆発するワンパターンとは。」を読んではんすう。

生真面目のキーワードに反応した私は人によく、
「真面目だね」と言われてきたし、今だに言われる。

仕事をする上で、真面目なことは絶対必要なことだと私は思う。

でも、思考の癖として真面目であることは少しづつやめていきたい

なぜなら自分がしんどかったり、
知らず知らずに母もしんどい思いをさせていたのは
この思考の癖だったのかもと気がついたから。

母もたぶん、というかまちがいなく生真面目で、
しっかり娘も母の背中をみて育ったのである(笑)

距離を作ってみてやっと気づくことができた。

自分の機嫌が悪いのは、相手である母のせいだと無意識に思っていて
母が歳を重ねたことで、少しづつ効率が悪くなっていることや
母の体調が、感情が、意欲が、、、となってきたことで

辿ってきた気持ちの変化が、まさにこのブログに書いてありました。


母は感性が豊かなので、私の内なるフツフツに
とっくに気がついていたのでしょう

「私のためにやってやってると思いながらやるから腹が立つんでしょ」
と核心をついた嫌味を返し、図星の私は爆発する・・・

去年の後半はまさにこんな感じでした。

母もしんどかったでしょう。

おかげさまで母はまた回復の方向です、体力も気持ちも。

自分の思考の癖に気づけた娘は
なるべくしんどくさせないように向き合います。

そうか、私は「いい人」でいたかったんだ。。。

にゃは★

【五月晴れに想う】

ゴールデンウイーク真っ最中ですねぇ。
   
去年までは、人がたくさん動くときには自分は動かないと決めてました。
母と2人だった家の中は
テレビから流れるニュース以外は連休というものから無縁のいつもと変わらない日々
  
  
今年は人混みに紛れて行楽している自分がいます。
  
  
渋滞、待ち行列、空いた場所探し、人混み
  
やっぱりいいことは全くなし。
疲れますわ(笑)
みんな忍耐強いですよ、ホント
  
  
それでもこの時しかというタイミングがあるから。
それは、「季節」という自然の贈り物だから。
花も緑も青空も空気も、鳥の鳴き声も
  

  
そんな遠くへ行かなくても
でも、ちょっとだけ日常から離れてみる
  
  
何か1つでも変えてみるということは
それはそれで気づきにつながりますね
  
こういう琴線への響きが
人生に潤いをくれるんですよね(^^)
  
  
そして、いつもの日常があることをありがたいと思える。

同じ日々はつまらないと刺激ばかり追い求めていた時
乾いていたのだと思う。
  
  
ところで、、、
目で見たものと、カメラに収めてきたものって
実はぜんぜん違うんですね〜(しみじみ)
  
高級コンデジと呼ばれるものを持ってみて一年経ちました。
まだまだうまくピントが合わなかったりするけど、楽しいです!
  
にゃは★

【”なりたい自分”真っ最中】

1月に住み慣れた場所からここに引越しして3ヶ月経ちました。
  
連日マイナスだった最低気温ともサヨナラ。
  

サクラもたくさん堪能したし。
  
  
布団も防寒着も徐々に切り替えています。
  
窓を開けられるようになったので、カーテンも洗っちゃえ。
  
と。毎日洗濯機まわして、冬じまいちう。
  
  

  
この寒い北関東で、私もネコ娘もお世話になったのが通称「猫ホイホイ」
これがなかったら、冬こせませんでしたー!!!
(有名なのはしまむらの「しまむらホイホイ」ですが)
  
ネコ娘は毎日ここに入ったまま冬を越し、
私は毎日これをはいて着ぐるみ状態で家事をしてました。
(これをはいてエプロンをすると、もう何かのキャラクターですよw)
  
寒がりな人とペットにはホントオススメです!
もちろん洗濯機であらえますから(^^)
  
  
   
今の部屋は午後からおひさまガッツリの向きなので、
これからの季節は西日対策が必要です。
  
週末は、ベランダに「たてす」をゲットして
長めのたてすをカットしてもらって、立てても斜めでもオッケーな状態になりました!
  
垂直に立てて、洗濯物を干すときも紫外線対策ばっちり★
斜めにすれば部屋の目隠しになるので、窓も開けられる〜。
  
  
洋風サンシェードとかもありますが、自然素材なら扱いも楽
使い込んだり、引越しのときは細かくして捨てるのも簡単です。
  
  
  
季節が変わるタイミングで、モノと上手にお別れして
また必要なものを手に入れる。
気に入ったものを、大切に手入れして使う。
  

  
地味〜にお気に入り家電の1つ「毛玉とるとる」
1000円弱で「無心」になれますよ〜
  
  
  
目の前のコトに振り回されてばかりだと
生まれなかった心の余裕。
  
  
自分の人生を生きると決めて
自分の機嫌は自分で取って
大切なことの優先順位は自分で決めて
  
そしてそのうえで大事な人と支え合って生きる
  
  
  
「なりたい自分」真っ最中です〜。
  
昨日1つ歳を重ねて、
去年とは違うライススタイルになっていることに気が付きました(^^)
  
  
にゃは★

【自分の機嫌は自分で取るべし】

※自分の備忘録も兼ねて書いてます。
  
つい先日
自分の機嫌が自分で取れなくなりました。
  
怒りの感情が収まらないのです。
収まるすべが見つからないのです。
  
  
今回このトリガーは
自分以外の人の言葉や反応です。
  
最初は、この「発端となった事柄=課題」を解決しようとしました。
白か黒か、はっきりさせようとしていたのでしょう。
  
でも、
相手からは私の欲しい反応はもらえません。
私の気持ちを汲んでほしいという期待も叶いません。
そしてその課題自身も解決に至りません。
    
火をつけた相手に自分の機嫌を直してもらうことを無意識に期待していました。
   
でも、ぐぐぐっと我慢して、自分の中で処理しようとしました。
  
  
それでもなかなか
自分の機嫌は治りません。
考えても考えても、治りません。
  
  
やってもだめなことは
放棄するのではなく
「一旦脇においておくといい」 と
ある方が言っていました。
なので、それをやってみました。
  
「あほくさ。。。」と思えるまで、置いておくことにしました。
無理にどうにかするのをやめたのです。
  
これは自分を大切にする方法であり、
相手を巻き込まない方法でもあるのではないかと。
  
  

そしたら、「あほくさ」のタイミングはことのほか早くやって来ました。
トリガーとなった課題も、見方を変えればおいおい解決されればいいことなのです。
  
  
今までの自分ならば、自分も相手も傷つけて疲弊させていました。
相手が悪いわけではないのです。
  
  
もしこんなネガティブな感情が
  
たとえ自分の中から自然におきたものであっても
誰かの何かが発端となったとしても
    
「一旦脇においておく」
    
「自分の機嫌は自分で取る」
   
  
  
しなやかに生きるために。
自分の人生を自分で責任をとるために。
自分の人生を楽しむために。
  
にゃは★